The Focal Distance

若さとはこんな淋しい春なのか

雑記

人生の予測不可能性について

未来のことは、誰にもわからない、ということはみんな知っている。 でも、人は本当にそう思っているのだろうか。 僕は「人生は何があるかはわからない」という考えが、もしかしたら人並みよりは強いのではないか、ということをたまに感じさせられる。 具体的…

ドトールのアイスミルク

コーヒーも紅茶も飲みたくないときドトールで何を頼めばいいのか、という問題がある。 ドトールは、今でこそスターバックスに水をあけられているが、長年日本でもっとも店舗数の多いコーヒー・チェーンであり、当然いまも至るところにある。メニューは全体的…

戦争に行ってあげるわ熱い雨やさしくさける君のかわりに

基本的に、女性一般を尊敬している。 その理由は複合的で、うまく説明できないが、たとえばある部分においての感覚の鋭さ、精神の強靱さなど、男には――少なくとも自分には、到底持ちようもないものを持っていると思うからだ。以前、「いい男って全然いないの…

文章にしがみついて生きる

どうにもならなくなると文章を書く。 気持ちが昂ぶって眠れない夜は文章を書く。 文章を書くことは、自分が何を考え、何を感じているのか自分で理解するための作業だ。マイナスの感情は特に、容易に処理できる形では現れない。ただただ発散していきそうにな…

noteに別れを告げた

noteに書いた文章のほぼすべてをこのブログに転載した。 依然としてnoteにも同じ内容の記事が重複して載っているが、しばらくしたらそれらの記事を、「以下の記事はブログに移行しました」という旨の文章に差し替えるつもりだ。 noteを使うのをやめた理由は…

清潔で正しい、理想的な社会の到来は近い

思っていることの半分もインターネットでは言えない、という感触がある。 私はそこそこいい大学の学生としてTwitterのフォロー・フォロワー関係を構築しており、現実には私の大学に通う学生はだいたいノンポリなのだが、それですらいまどきのやわらかいリベ…

ワンちゃん席

以下の記事はnoteから移行したものです。

科学と瞑想

以下の記事はnoteから移行したものです。 一般に通用することなのかは知らないが、疲れているが故に眠ることができないという状態がままある。 昨夜もまさにそれで、翌日の予定を考えると少しでも眠りたかったので、体をできるだけリラックスさせようと小一…

冬とオリオン座とスーパーカー

以下の記事はnoteから移行したものです。 年齢がひと桁くらいの頃はわりと天文少年で、同居していた祖母を連れて三鷹の天文台に遊びに行ったり、星座盤片手に公園で双眼鏡を覗いたりしていたが、その後ほかのことをたくさん覚えなければいけなくなるにつれて…

あれはなんだったんだろう

日常のなかのちょっとした出来事を、できればいつまでも愛でていたい。 僕は一介の学生に過ぎない。僕が今死んだところで回顧録が緊急増刷されたりはしない。僕の周りの人も大抵はそうである。単なる市井の人に過ぎない。しかし、そういうごくふつうの人々の…

どうして独りで旅に出てしまうのか

今、独りで京都にいる。 先日、人と飲んでいて「どうして一人旅をするのかわからない」という話になった。その場には3人いて、私ともう1人が「一人旅をする派」、そして残る1人が「一人旅をしない派」だった。 酒に弱く、その場で話したことの仔細は覚え…

Spotifyのこと

Twitterくらいの分量感でブログを書いてみようかなという気になっている。

現状の大学に関する雑感

大学について思うところが皆さんいろいろあるようで、もちろん私もそうなので、思考の整理のためにまとめておく。特に結論や提案を出すものでもない。なお、私は早稲田大学という都会の大規模私立大学の、政治経済学部政治学科という文系の学科に所属する4年…

新大久保のコメダ、三軒茶屋のデニーズ

大学での生活はいつも虚しさのようなものが付きまとう。よく知りもしないのにさも一生の友人かのように振る舞わなければいけないサークルの飲み会とか、学ぶこととは程遠い気怠さが充満している大教室の講義とか。 そういう虚しさに苛まれ、いつも夜更けの街…

小池百合子に投票した人は誰だったのか?

はじめに断っておくと、以下の文章は、統計的な分析や政治学的な知見に基づいたものではなく、私の都知事選についてのすごく「個人的な」感想である。構成としては、「立憲支持層の小池支持」の謎を起点に、それに当てはまりそうな人について考え、最後にど…

使命と狂気の世界

UPLINKの浅井隆氏がパワハラで告発されたのを見て、その告発が真実であるという前提で、思ったことを書く。今から書くことは、UPLINKの実情がこうであったと述べるものではない。憶測で書かれた、最低の文章であると心していただきたい。もう一度言う。憶測…

部屋の天井を初めて触った話

タイトルと全然関係ない話から始めて恐縮ですけれど、私、Twitterではウィットに富んだ(と自分では評価している)ツイートと真面目くさったツイートを半々くらいにしていると思ってるんですが、noteとかブログとなると気取った文章ばかり書いているんですよ…

「ダイバーシティ」の欺瞞

多様性を謳う会社は中卒の元ヤンでも雇え、ほとんど同じような育ちをした人間ばかりを集めて多様だとかなんとか言ってる大企業はちゃんちゃらおかしい、世の中の多様性はそんなものではない。— 東京くらげランド (@kurage60) 2020年5月16日 今日、こんなツイ…

オンラインの憂鬱

以下の記事はnoteから移行したものです。 僕はコンピュータとインターネットがなければ何もできない人間だが、昨今社会で進んでいるオンライン化の波には危機感を覚えている。 どんな変化にも良いことと悪いことがあるし、オンライン化がもたらす益もかなり…

クリスタルなんかどこにもない

以下の記事はnoteから移行したものです。 糸井重里がTwitterでにわかに叩かれているけれど、糸井重里に象徴される1980年代がある面では確かに羨ましくて、というのも本当に悩みのなさそうな、輝いていた時代だからだ。

オリンピックボランティア募集への風刺についての反省と自戒

以下の記事はnoteから移行したものです。 私のことをよく知っている人には、「またこの話か」と言われるかもしれない。しかし何度でもしておきたい。 去年の夏、私は東京五輪におけるボランティアの募集を題材にして、五輪に伴う様々な問題を踏まえた軽薄な…

どこに書くか

文章を書くことが嫌いではない。 山田風太郎のように連日綿密な日記を残せるほどの気力はないけれど、それでも不定期に何かを書いておきたくなる程度の衝動はある。 そのとき悩ましいのが、「どこに書くか」ということ。選択肢が限られているのではなく、む…

オリンピックまであと1年を切って思っていること

以下の記事はnoteから移行したものです。 昨夏、私は東京オリンピックのボランティアに対する皮肉を述べ、局所的な支持を得た。結局ボランティアは十分に集まったようだけれど…… あれから1年を経た今、もはやボランティアの問題にとどまらずオリンピック全体…

面白かった本(2018)

さて、この記事も今年で3回目になるが、面白かった本を挙げていこうと思う。 毎年、どの本を今年読んだのか忘れてしまいがちになるのだが、今年はほんのちょっとだけ読書メーターに登録していたので少しやりやすかった。 本当はそんなのに頼らずに思い出せる…

日記(2018/09/07-2018/09/10)

やることは色々とあるが、Webちくまで連載されている鳥飼茜の日記を読んでいたらなんとなく自分でもここ最近の出来事を整理したくなったので書く。

回顧の夏

以下の記事はnoteから移行したものです。 私は3年生、つまり受験生の夏休みを演劇の稽古やら準備やらにすべて費やして、各クラスごと夏休み明けに文化祭で芝居をやるという酔狂な高校の出である。 昨日は、現役の3年生たちが、鋭意制作している演劇を夏休み…

Webメディアをつくるということ

完全に以下の記事に触発された形になるのですが、「Webサイトをつくってインターネットに公開する」という行為を10年以上やってきた立場から、「Webメディア」という形態について思うところを書きます。 lesamantsdutokyo.hatenablog.com なお、この文章は特…

どうしようもなさを許容する都市としての東京

以下の記事はnoteから移行したものです。 私が生まれたのは横浜の鶴見という、港町特有のダーティな印象のある街だったが、それからすぐ東京——というには心許ないような多摩地区の長閑な街——に越してきて、ひたすら東京の西部を行ったり来たりしてかれこれ20…

考えない日本の私 — さとり世代として

以下の記事はnoteから移行したものです。 「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」 この有名な一節を村上龍が『希望の国のエクソダス』に書いたのは2000年のことですが、それから18年を経て、日本からは希望だけで…

ぶっ壊れた人

たまに「変わってるね」と言われる。 僕はありきたりな話だが発達障害なので、そりゃ多少は変わっているかもしれない。 だけど、今のところ大まかにはきちんとした人生を歩んできているし、学校や職場ではない、不特定多数の集まる「社会」では割と常識的な…